2018年2月5日月曜日

インプットとアウトプット


 ライブツアーばかりやっていると、

 アウトプットばかりで、

 曲ができないんだよ、

 と、

 いつだったか、バンバンのフクシマくんが言っていた。



 夫も、

 曲をつくるにはインプットが必要だよ、

 良い映画や本をみてなにかを吸収する時間が必要だ

 なんていう。


 わたしにとってのインプットって、なんだろうなあ。


 曲のために意識してそれをしたことは、ないかもしれないなあ。


 良いものに触れて、心が震える。

 それは、

 わたしの中で自然にことばになる。

  (それがきっと彼らの言うインプットですね)



 心が震えたときに、

 ことばとメロディが、

 自然に生まれる。


 
 わたしの場合は、

 それが、いつかみた映画や本、からの直接ではなくて、


 心震えるライブをみたとき、

 じんじんする曲を聴いたとき、


 恋や哀愁の気持ちが、

 わたしの中に収まりきれずに溢れてしまう、


 そんなときに、

 一筆書きのように、

 ご神託のように、

 一気に降りてくることが、多い。


 それは一種の、自己セラピーてきな。



 そしてそのじんじんする心の震えがないと、
 
 いっこうに曲はできなくて、

 とってもしばらく曲ができなかったりするんだけれど。



 そんなのって、

 風まかせ過ぎるなあ

 とも思うけれども。


 
 そんなスタンスでずっと奇跡的に、しずかにやっております。笑


 
 アウトプットだらけの生活、というのも、もちろんやってみたいなあ

 この身を削る感じでさ。



 とはいえ、

 昨年出したアルバムは、

 その今の自分のアウトプットの、

 “今の時点での”さいこうの表現だとも、おもってたりして(地味かもしれないけれど)。


 アルバムとしてともあれひとつのものをアウトプットしたから、

 また、

 良いものを吸収して次に繋げていかないとだなあ


 
 それは、恋、だったり、

 わくわくだったり、

 絶望だったり。



 この身を削って、

 インプット&アウトプット、

 です



 ぜんぶぜんぶ、

 えいようです

 

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